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よくある質問
    杉戸宿
    日光道中の江戸から数えて五番目の宿場


    本陣跡

    本陣跡

     街道には一定の距離ごとに宿場(宿駅)が設けられました。宿場というのは、幕府の公用旅行者のための荷物を隣の宿場へと運ぶのが第一の役割でした。そのため、杉戸宿には、一日につき25人の人足と25頭の馬を出すことが定められました。
     宿場の第二の機能は、宿泊です。大名や貴人が泊まる本陣や脇本陣、主に一般の旅人が泊まる旅籠がありました。


    大塚の神楽

     天保14年調査の「宿村大概帳」という史料によると、当時の杉戸宿の規模は、本陣1軒、脇本陣2軒、家数365軒で、男789・女874人の人口というものでした。
     この史料には、杉戸宿に46軒の旅籠があったことも記されています。また、江戸時代の「商人鑑」という書き物には、杉戸宿の旅籠がいくつか紹介されています。
     宿場では定期市(六斎市)も開かれたりしていました。杉戸宿では、月の510の付く日に市が開かれ、五十(ごとう)の市と呼ばれていました。



     

    更新日:2007年09月09日

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