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よくある質問
    明治維新と杉戸町の誕生
    近世村から近代の町村へ


     明治維新により、それまで武蔵国に属していた地域も、慶応4年に下総県となりました。明治2年には葛飾県が誕生し、県庁が流山市に置かれます。その後、明治政府は廃藩置県を行い、明治41114日に庄内古川から西が埼玉県になりました。県では、この日を記念して県民の日を制定しています。
    明治22年には、大日本帝国憲法の公布に続き、市制、町村制が実施され、杉戸町が誕生しました。これまでの埼玉県内にあった北葛飾郡・中葛飾郡の200余りの宿村は31の町村になりました。
     東武鉄道が開通したのは、明治32年のことです。最初の開通区間として北千住から久喜までが開業し、杉戸駅(現在の東武動物公園駅)が開設されました。開業当時は、イギリス製の蒸気機関車が使われており、電車が走るようになったのは大正15年からです。
     鉄道の開通によって、物資の流通も河川交通から鉄道へと移っていきます。現在では地下鉄日比谷線・半蔵門線への直通電車も運転されており、鉄道による住民にとっての便益は、より大きなものとなりました。
    また、戦後のモータリゼーションによって道路交通網が発展すると、道路がもう一つの物流の主役となっていきます。


    【明治天皇御休止所址



     
    明治9年に明治天皇は東北地方へ巡幸され、63日に杉戸町に設営された埼玉県第6区務所で休息されました。この時には、天皇の姿を見ようと近在から多くの人が集まりました。その行幸の様子を表した絵が西小学校に残されています。

    更新日:2007年09月09日

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