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目に見えない“境界線” を浮かび上がらせる赤鉛筆
2022年2月
鮫島登記測量事務所
鮫島 聡さん
「杉戸の職人」と聞いて、何人の顔が思い浮かぶだろう。よく行く店の店主や取引先など、私たちが日常的に関わることのできる仕事相手は、実はそれほど多くない。けれど、町をつくっているのはまぎれもなく人であり、もっと言えば誰かの仕事だ。代々受け継がれてきた技術、町の産業に着目して立ち上がったブランド、「地元で独立したい」と起業した人々̶。知れば思わず自慢したくなる、この町の仕事人たちを紹介しよう。
私の相棒
目に見えない“境界線” を浮かび上がらせる赤鉛筆
不動産の表示に関する登記の調査・申請を行う専門家「土地家屋調査士」。複雑な申請手続きを進める上で避けて通れないのが、関係者の認識合わせだ。目には見えないけれど確かに存在する境界線を、鮫島さんは愛用の赤鉛筆で可視化する。
【写真】相棒の赤鉛筆のほか、測量で使う目印(ピンポールと呼ばれる)は「uni」のシャープペンシルに入れて愛用。ほかにも調査士用のスケール(定規)など、現場でよく使う道具は胸ポケットに収納しているそう。
所有者も間違える土地の境界とは
背の高い三脚を立て、レンズを覗く人影。街中で見かけるこの光景は、土地の境界や面積を確認する測量作業だ。そして、測量したデータをもとに不動産登記の申請手続きをするのが、土地家屋調査士である鮫島さんのお仕事。「たまにレンズに向かって子どもが手を振ってくれるんですが、実は撮影しているわけではないんですよ」と鮫島さんが笑いながら教えてくれた。
家を建てる、土地を分割するといった際、国家資格を持つ土地家屋調査士が所有者に代わって法務局に登記をする。緻密な調査を要する仕事だが、子どものころから細かい作業が好きだったかというと、違うらしい。「人と話すのが好きな子どもでしたね。それは今の仕事にも通じていると思います」。
実はこの仕事、コミュニケーションが欠かせない。土地の範囲を示す線は「筆界(ひっかい)」と呼ばれ、登記するには当事者だけでなく関係者が現場に立ち会う必要がある。ところが、筆界は目に見えないことが多く、依頼者やその隣人が勝手な思い込みをしていることも少なくない。そこで活躍するのが相棒の赤鉛筆だ。図面に調査結果を書き込んで見せたり、目標となる場所に印をつけたりと、目視できない境界線を赤鉛筆で認識しやすくするのだ。「立ち会いは最も緊張する場ですが、その分やりがいがあります」と鮫島さんは言う。
土地や建物の歴史を明らかに
筆界を明らかにする上でも、コミュニケーションは重要だ。鮫島さんには、忘れられない立ち会いの思い出がある。
ある土地を調査したときのこと。代々受け継がれてきたその土地は、時間の経過とともに筆界の目印となるものが埋もれ、調査は簡単ではなかった。そんなとき手がかりになったのが、所有者の“記憶” だったという。「竹藪の中に境界標(境界の目印となるもの)があったはずだ」と聞いて調べてみると、言われた場所から本当に境界標が見つかった。
こんな話も聞いた。隣の土地との間には、電柱が一本立っている。その電柱は先先代の時代に建てられたもので、ちょうど境界線にぶつかりそうだったので30 センチ内側にひっこめたのだ、と。調査が進み、筆界が浮かび上がると、電柱は境界からきっかり30 センチ内側に位置していることが分かった。「父から聞いていた話は全部本当だったのか」と、立ち会った所有者の息子さんも驚いたそうだ。
事実を説明するだけなら、ほんの数分で済んでしまう。しかし、土地や建物は所有者にとって大切な財産だ。ただ事実を説明されても、心情的に納得できない。「筆界は事実なので、所有者の想いや依頼で変わるわけではありません。だからこそ、一方的に伝えるのではなく、相手の知っている情報を大切にしながら話すよう心がけています」。勘違いを解きほぐし、粘り強く認識をすり合わせる。なるほど、人と話すのが好きでなければ務まらない仕事だ。
【 鮫島登記測量事務所 】
問合せ:0480-31-8131
営業時間:平日9:00-18:00
定休日:日曜日
駐車場なし
※本サイトでは情報紙「スギトゴト」で紹介された内容の一部をWEB 用に編集して掲載しています。
2022年2月発行/発行元:杉戸町商工会/ 制作:mARu design room / 文:大吉紗央里 / 写真:小塚照美