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生地の素となる餅を蒸かす「六升せいろ」
2022 年3 月
鶴牧せんべい店
鶴牧 勝男さん
「杉戸の職人」と聞いて、何人の顔が思い浮かぶだろう。よく行く店の店主や取引先など、私たちが日常的に関わることのできる仕事相手は、実はそれほど多くない。けれど、町をつくっているのはまぎれもなく人であり、もっと言えば誰かの仕事だ。代々受け継がれてきた技術、町の産業に着目して立ち上がったブランド、「地元で独立したい」と起業した人々̶。知れば思わず自慢したくなる、この町の仕事人たちを紹介しよう。
私の相棒
生地の素となる餅を蒸かす「六升せいろ」
杉戸町で創業して90 余年。つくっているのは、杉戸町産コシヒカリを使用した「鶴牧煎餅」一種類のみ。
原材料にこだわった、シンプルで飽きのこない味は、県外にもファンが多い。そんな鶴牧煎餅のおいしさの秘密はどこにあるのだろう?
商品が間に合うことのうれしさ
昭和35 年のある日、ひとりの少年にとって印象深い出来事が起きた。家業の煎餅屋に初めてロータリー式の機械が導入されたのだ。「手焼きでないと味が落ちる」と祖母は反対したが、いざ機械で焼いてみると顧客からは不満どころか喜びの声が挙がったという。それまでは手焼き故に製造が追いつかず、買いたくても買えない人がたくさんいたからだ。「商品が間に合ってよかった」。煎餅を嬉しそうに買って帰る姿を眺めながら、少年は満ち足りた気持ちになった。その少年こそ、鶴牧せんべい店四代目店主・鶴牧勝男さんだ。
勝男さんは五人兄弟の四番目に生まれた。姉二人は嫁いでしまうため、兄と自分と弟、男三人のうちの誰かが店を継ぐことになる。「私が一番マメだったからね。商売をするには重要でしょう。それに、私も勉強よりこっち(店の仕事)のほうがいいや、って」。跡取りに指名された勝男さんは、中学から店を手伝い、煎餅づくりを覚えた。
煎餅づくりの現場に立って60 年以上。その間に変わったことと、変わらないことがある。変わったのは、設備や機械の一部を新しくしたこと。変わらないのは、原材料へのこだわりだ。米は杉戸町産のコシヒカリを使い、風味を生かすため味付けはシンプルな醤油味のみ。「余計なことはしない」のが重要なのだそう。
理想の煎餅は生地づくりから
鶴牧せんべい店の朝は、生地づくりから始まる。生地を専門店から卸す煎餅店も少なくない中、手間をかけてまで自前でつくるのは「大変だけど、その分、自分たちの思うような生地ができあがる」から。
なかでも重要な工程が「ふかし」と「乾燥」だ。ふかしとは、生地の素となる餅を蒸気でふかす作業のこと。煎餅のばりっとした食感は、この段階で決まるという。ふかし過ぎると生地が堅くなり、反対に加減が足りないと歯応えがなくなってしまうのだ。
【写真】せいろは蒸気が漏れないよう、精密に作られている。鶴牧せんべい店では、毎朝5 時過ぎから生地づくりが始まるという。
相棒のせいろは一つ六升(約11 リットル)と、かなり大きいサイズ。鶴牧せんべい店では、その六升せいろを毎朝20 個使ってふかしを行う。目安となる火加減はあるものの、季節や天候が影響するので、最終的には職人の感覚で調整する。作業場の温度は夏と冬とで30 度違うという。「冬の乾燥している時期は、いつも通りにつくると乾き過ぎて生地が割れちゃう。ほんの一割でもそうした生地がまざると、ほかの生地にも影響が出るんです。そうやって苦労しているうちに、自然とちょうどいい火加減が分かるようになるんだね」と勝男さんは言う。工程ごとに生地を食べたりさわったりして、煎餅の状態をからだに染み込ませてきた。感覚を研ぎ澄ませていくと、生地を見ればふかし具合がひと目で判断できるようになるそうだ。
現在、煎餅づくりは五代目である義明さんが引き継いでいる。「うちには門外不出の技術も、秘伝のタレもない。あるとすれば、気持ちだね」。職人の感覚も、煎餅づくりの愛も、父から息子へと受け継がれていた。
【 鶴牧せんべい店 】
所在地:杉戸町清地1丁目
令和6年(2024年)1月閉店
杉戸町の推奨品として長きにわたり愛され続けた鶴牧せんべいの味。
最後のひと月は閉店の知らせを聞いたファンの人たちによる長蛇の列が絶えず、惜しまれながらもその日を迎えました。
※本サイトでは情報紙「スギトゴト」で紹介された内容の一部をWEB 用に編集して掲載しています。
令和4年3月発行/ 発行元:杉戸町商工会 / 協力:杉戸町 / 制作:mARu design room / 文:大吉紗央里 / 写真:小塚照美